映画レビュー: Les Misérables
- 2012.12.27 Thursday
- 21:41
JUGEMテーマ:映画
クリスマスは夫の家族とフィラデルフィアで例年通りのんびりと過ごしてきた。
舞台で観る生の迫力とはまた違った良さがあり、ビジュアルのスケールの大きさは特にすごかった。
俳優陣ですが、ヒュー・ジャックマンのジャン・バルジャン、アン・ハザウェイのファンテーヌはどちらも息を飲む素晴らしさだった。歌も演技も言うこと無しである。ジャン・バルジャンは難しい歌がたくさんあるので、さすがのジャックマンでも大丈夫かな、と心配したのだが杞憂だった。ミュージカル一本でやっている俳優さんたちではもっと上手い人がいくらでもいるだろうが、彼なりには素晴らしい出来だったと思う。
一番、歌のテクニックが問われる(と思っています)Bring Him Homeという歌も見事に歌い上げた。後から吹き替えで歌を入れるのでなく、撮影の時ライブ録音したとのことだが、そのおかげもあって生の感情がしっかりこもっていて舞台と同じような迫力となった。ハザウェイのI Dreamed a Dreamも圧巻。
エポニーヌやマリウス、コゼットや革命の若者たちを演じた若手の皆さんも見事な歌唱力。キワモノキャラのテナルディエ夫妻はイギリスの鬼才コメディアン、サッシャ・バロン・コーエンと我らがヘレン・ボナム・カーター。コーエンは歌は今ひとつだったが、歌唱力でこの役をもらったわけじゃないのでまあいいかと。演技は言うことなし。ヘレンは相変わらずこういう役をやらせたら誰もかなわない。あの目の据わり方ったら(笑)。
ロンドンとブロードウェイの両方でジャン・バルジャン役を初演したコルム・ウィルキンソンがジャン・バルジャンの人生を変え、最期を看取る司教の役で特別出演しているのも感動的だった。ミュージカルファンにとってはこれこそ、歌舞伎で言う「ご馳走」である。
一つ残念だったのが、ジャベール警部を演じたラッセル・クロウ。演技は素晴らしかったのですが歌が…。いや、決して下手だったわけではない。歌そのものはそれなりに上手なのですが、音域が低いのか何なのか、歌い方がとても穏やかすぎて、ジャベールらしくなかった。
ジャベールは仮釈放の規則を破って事実上逃亡生活をしているジャン・バルジャンを執拗に追いかける警察官である。バルジャンの囚人時代から彼に目をつけており、彼が悔い改めることなど一生ない、と固く信じていて、法がすべての正義だという観念に凝り固まっています。ジャン・バルジャンを逮捕することに執着している。このお話のメインの悪役なのである。
彼が歌うときはそれがジャン・バルジャンとの会話であろうと、独白であろうと、常に狂信的なまでの執念が現れなくてはならず、観客は彼のことを自然と憎むようにならなくてはいけない。その情熱があまりにも極端で独善的であるので、それに対して、何なの、こいつは、という気持ちをもたせなくてはいけないのだ。
ところが、ラッセル・クロウの歌い方は穏やかで、下手をするとこの人に共感したくなってしまうような、そんな感じである。それではこのジャベールという人間と、ジャン・バルジャンの対比が生きてこない。ジャベールが最後のソロを歌う時、そこで始めて観客は彼に対する同情を覚えなくてはいけないのだ。
生涯の敵として、救いようのない犯罪者として見下してきたジャン・バルジャンに命を救われたジャベールは、生まれて初めて、自分が固く信じてきた善悪の基準が自分の中で崩れて、人格崩壊を起こす。
その時彼が歌う歌で、観客は初めて彼に同情を覚えなくてはいけないのだ。
ところが、ラッセル・クロウには、ジャベールの獰猛なまでの傲慢さがなかった。なので、その部分のドラマがよく伝わらなかったと思う。
もう一つ気になったのは、誰かが大きなナンバーを歌うたびに、カメラワークがただただ顔のクローズアップばかりを繰り返したことだ。歌うとき、役者は全身で演技している。それをちゃんと映して欲しかった。今は映画の技術が発達しているから、大きなスクリーンで顔がアップになると、毛穴の一つ一つまで見えてしまう(苦笑)。長い歌で、そればかりずっと見せられているのも正直単調かつうんざりしてしまうのだ…。
しかし、全体の出来は素晴らしかった。ミュージカル好きの人にはお勧めだ。そして、これを観たら、日本語版でもいいのでぜひ舞台を観てほしい。
私は1989年に帝劇で日本語版を観た。滝田栄のジャン・バルジャン、村井国夫のジャベール、野口五郎のマリウス、島田歌穂のエポニーヌ、斉藤晴男のテナルディエ、松金よね子のテナルディエ夫人という顔ぶれだった。力強い舞台で、持ってきたハンカチがびしょびしょになったのを覚えている(笑)。
こちらではまだ生の舞台は観ていないが、10周年を記念してロイヤル・アルバート・ホールで行われたコンサートスタイルのイベントはテレビで観た。
それらを思い出させると共に、やはりレ・ミゼラブルは素晴らしいミュージカルだなあと実感した。