読書レビュー:山本一力「だいこん」
- 2010.06.10 Thursday
- 22:54
JUGEMテーマ:読書
また気になる作家に出会ってしまった。出入りの読書掲示板で、「きっと気に入ると思います」と勧めていただいた作品である。
江戸の下町で一膳飯屋を営む若い娘、つばき。日雇い大工ながら腕がいい父親安治と、これまた気働きが良く、自分もけっこうかせげる母みのぶ、そして妹のさくらとかえで。気丈なつばきは数々の困難にもめげず、抜群の腕をふるって下町の労働者たちが喜ぶ味を提供していく・・・。
若い娘が江戸で、包丁一本でやっていくという設定は以前このブログに感想を書いた、高田郁の「みをつくし料理帖」にも似ている。しかし、作家が違うと似た設定でもこんなに違ってくるものか、と感心した。どちらもいい作品である。
「だいこん」の魅力は、勢いのあるストーリーと文体である。テンポがよく、一気に読ませる迫力がある。ぐいぐいと太い彫刻刀で一本の丸太から彫ったような勢いがあるが、しかし決して雑ではない。登場するたくさんの人々もそれぞれ奥行きがあり、圧倒的なリアリティがある。
主人公のつばきを取り巻く家族や友人、仕事仲間も、それぞれ欠点もあり、お互い感情に流されて傷つけあったり、誘惑に負けて失敗したり周囲に迷惑をかけたりもする。しかし、みんな悪気はなく、一生懸命家族や友達を大切にして生きているのである。家族同士、つい思いやりのない言葉を投げ合ってしまうこともあるし、かと思えば、思いがけなく頼りになる言動もあり、家族の絆をも強く感じさせる。世の中の人って、実はたいてい、みんなこんな感じなんじゃないだろうか。いつもいつも正しくはないし、過ちも犯すし、言っちゃいけないことを言っちゃったりすることもある。でもやっぱり家族や友達のことを愛していて、大事な人のために一生懸命一肌も二肌も脱ぐ(笑)。そうそう、世の中ってそういうものなんだよなあ、とうなずかせるのがこの本の魅力だ。