英語だって微妙なのよ
- 2005.10.25 Tuesday
- 22:17
英語と日本語の違いについて、よく話題になるのが、日本語の微妙な言葉。
「まったり」
「なつかしい」
「せつない」
「おつかれさま」
「がんばってね」
などなど・・。つまり、英語でぴたっとくる直訳的な単語がみつからない言葉である。
こうなると、あとはその前後関係と、そしてどんな英単語を選ぶか、というその人その人のセンスの問題になってくる。で、いろんな人が「これは?」「こんなのは?」と、提案してくる言葉を見ているのが参考にもなり、とても楽しくもある。
英語がちょっとできるようになった頃は、こういう言葉は英語にない、だから
「日本語はすごいんだ〜。こんなこまかい感情のひだをあらわす言葉があって。英語にはそういうのないもんね。」
と思っていた。他の人からも、そういうコメントがたまにある。うん、確かに日本語はすばらしいよね。この言葉が母国語ですっごくうれしい、私も今でもそう思っている。
だけど、英語だって、知ってみると、そう無味乾燥ではないのである。
たとえば、今アメリカで大人気のテレビドラマ、Desperate Housewives。このDesperateをぴったりと、日本語の単語一つで表現するのは難しい。この言葉の中にこもっている、絶望、焦り、怒り、欲求、せつなさ、などなどを全部ひっくるめて、ミックスしたあの感じ・・・。一言では訳せない。何かの文中に出てきたら、前後の関係をみて意訳するしかないのである。
他にも英語でも感情の細やかな、微妙な意味を含む単語はたくさんある。日本語もすばらしいけれど、英語が決して単純で味がないわけではない。知れば知るほど、いろんな美しい表現があるのだ。英語の文体にも、訳しきれない美しさや、においや、手触りがあるわけで、それが少しずつわかるようになってきた自分は、とても幸せだなぁと思う。英語を勉強している人たちにも、ぜひそれがわかるようになってほしいな、なんて偉そうだけど思うのだ。いろいろ読んでいるとだんだんそういう感覚が身に付いてくるはず。
だから、易しいものからでいいから、いろいろなものを読むことをお勧めする。児童文学だって、ノンフィクション、フィクション、詩、散文などなど、いろんなスタイルを読むだけで違ってくるに違いない。
なんだかお説教っぽくなってしまった。失礼。
ちょっと英語の弁護もしてみたくなっちゃった、それだけなんです(笑)。
「まったり」
「なつかしい」
「せつない」
「おつかれさま」
「がんばってね」
などなど・・。つまり、英語でぴたっとくる直訳的な単語がみつからない言葉である。
こうなると、あとはその前後関係と、そしてどんな英単語を選ぶか、というその人その人のセンスの問題になってくる。で、いろんな人が「これは?」「こんなのは?」と、提案してくる言葉を見ているのが参考にもなり、とても楽しくもある。
英語がちょっとできるようになった頃は、こういう言葉は英語にない、だから
「日本語はすごいんだ〜。こんなこまかい感情のひだをあらわす言葉があって。英語にはそういうのないもんね。」
と思っていた。他の人からも、そういうコメントがたまにある。うん、確かに日本語はすばらしいよね。この言葉が母国語ですっごくうれしい、私も今でもそう思っている。
だけど、英語だって、知ってみると、そう無味乾燥ではないのである。
たとえば、今アメリカで大人気のテレビドラマ、Desperate Housewives。このDesperateをぴったりと、日本語の単語一つで表現するのは難しい。この言葉の中にこもっている、絶望、焦り、怒り、欲求、せつなさ、などなどを全部ひっくるめて、ミックスしたあの感じ・・・。一言では訳せない。何かの文中に出てきたら、前後の関係をみて意訳するしかないのである。
他にも英語でも感情の細やかな、微妙な意味を含む単語はたくさんある。日本語もすばらしいけれど、英語が決して単純で味がないわけではない。知れば知るほど、いろんな美しい表現があるのだ。英語の文体にも、訳しきれない美しさや、においや、手触りがあるわけで、それが少しずつわかるようになってきた自分は、とても幸せだなぁと思う。英語を勉強している人たちにも、ぜひそれがわかるようになってほしいな、なんて偉そうだけど思うのだ。いろいろ読んでいるとだんだんそういう感覚が身に付いてくるはず。
だから、易しいものからでいいから、いろいろなものを読むことをお勧めする。児童文学だって、ノンフィクション、フィクション、詩、散文などなど、いろんなスタイルを読むだけで違ってくるに違いない。
なんだかお説教っぽくなってしまった。失礼。
ちょっと英語の弁護もしてみたくなっちゃった、それだけなんです(笑)。