米国における電子書籍のメリット

  • 2015.08.27 Thursday
  • 22:16
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作者の国でありながらこの国では久しく絶版になっていたエラリー・クイーンのドルリー・レーンシリーズ四冊がやっとAmazonのKindleおよびkoboの電子書籍として登場した。(というか既に出ていたのかもしれないが、私がチェックするのは半年おきくらいなので…)

アメリカと日本では本の流通システムがまったく違う。アメリカでは再販制度がないため、本の値引きも頻繁に行われている。その代わり、非常にシビアで、たとえ評価が高い書籍でも、売れなければあっというまに絶版になってしまうのだ。書店にとって売れない在庫を抱えるのは損失になり、出版社にとっても在庫を抱えれば抱えるほど無駄な出費になるらしい。日本語訳の再販が続いているのに英語版のオリジナルが絶版、というケースも多く、昔日本語で読んだ英語の本の原書を読みたい、と探してもなかなか入手できず、がっかりすることも多い。

エラリー・クイーンは米国におけるミステリージャンルの父(二人なので正確に言えば両親というところか…笑)である。数々の名作品を生み出し、のちのミステリー作家たちに大きな影響を与えただけでなく、長きにわたってエラリー・クイーン・ミステリーマガジンを発行し、そこから数多くの新人を輩出してきた功績も大きい。

そんな彼らであるのに、今、米国内では彼らの作品は国名シリーズくらいしか紙の書籍が出ていないのである。英国の作家であるアガサ・クリスティーの本なら何度も再販され、いくらでも買えるのに…。

ここでちょっと脱線。

私はここ数年koboのブックリーダーを愛用している。Kindleとの違いは、米国のkoboが各地の小さな書店と提携していることだ。私は自分のブックリーダーを家の近所にある古本屋で購入した。ここは古本屋だが、新刊も頼めば取り寄せてくれる。こことkoboが提携しており、koboの口座を開設するにあたって、この古本屋を指定すると、私の口座はこの店と提携したものになり、koboから電子書籍を購入するたびに、この店に売り上げのいくらかが支払われる仕組みだ。そのため、Kindleよりは良心的な気がするのだ…。ごくたまにKindleにはあるがkoboにはない書籍もあるが、たいていのものはほぼ共通なので今のところあまり問題はない。

 
我が家は狭いのに本棚から本があふれ出し、最近は床に進出してきつつあるため、数年前から再読の可能性が低い本は古本屋で処分し、電子書籍で買えるものは少しずつ切り替えている。収納の問題だけではない。紙の本の良さもわかるが、年齢を重ねてくると、実は軽くて持ちやすく、文字の大きさや行間も簡単に調節できる電子書籍リーダーはとてもありがたい。わからない単語はそのままそこで調べることもできるし、印象に残る場所はハイライトしてあとで簡単に探すこともできる。

私のリーダーはバックライト機能つきの白黒なので、写真や挿絵が豊富なものには向かないが、普通の書籍としては非常に読みやすい。日本語のものは日本の電子書籍マーケット事情のため、海外在住者は購入できないが、青空文庫のものならkoboのフォーマットに変換してインポートできるので、吉川英治などの作品は充実してきた(笑)。マイクロSDカードを入れて容量を大幅に増やせるのもありがたい。今、未読既読、そして日本語英語の両方を含めて私のリーダーには152冊の書籍が入っている。まさに本棚を持ち歩いているようなものだ。外出先でも待ち時間などがあれば読書したいので、持ち歩けないような大きな本(ノンフィクションは特にペーパーバックでも大きいものが多い)も気軽に読める。

家にある本でも少しずつ古本屋で処分し、何度も読みたいものだけ電子書籍に切り替えていこうかと思っている今日この頃である。とにかく本の虫で、特にミステリー作家で気に入った人がいると、その人の作品を片っ端から読んでしまうので、本がたまりやすいのだ。できるだけ、がさばらないマスマーケット版のペーパーバックにし、ハードカバーを買うことは皆無に近いが、それでもたまると場所を取る。30冊くらいのシリーズも少なくないので、電子書籍に切り替えて断捨離し、すっきりしたいのだ…。

そして電子書籍の大きなメリットは、上に書いたエラリー・クイーンの作品のようなケースだ。高評価なのに絶版になった本も、データならそれほどコストがかからないので、少しずつ電子書籍化が進んでいるのである。私がkoboのリーダーを使い始めた頃、エラリー・クイーンの作品はほとんど電子書籍市場に出ていなかったが、今ではかなりの作品が買えるようになった。

これは私のようなオバサンにとってはとても嬉しいことなのだ。10代、20代の頃に日本語で読んで好きだった本を原書で読みたい。こちらに来て26年、紙の書籍で買えるものはほとんど買って愛読したが、絶版になっていたものはどうしようもなかった。それが今入手できるようになる。ありがたいことだ。

koboに数年前リクエストしていたノンフィクションの本も今チェックしたら買えるようになっていたので早速購入した。比較的簡単にメールでリクエストできるのが嬉しいところだ。

今電子書籍化を待っているのがDavid Eddingsのベルガリアードとマロリオンだ。彼の作品はごく一部しか電子書籍化されていない。もう一つはアイザック・アシモフの「黒後家蜘蛛の会」シリーズ。SF作家のアシモフだが、このシリーズは連作短編のミステリーだ。これも20歳前後に夢中になって読んだもので、もう一度読みたいのだがアメリカでは絶版。古本屋でも、米国アマゾンの中古書マーケットでもほとんど見かけない。

あとは日本の電子書籍がこちらから気軽に購入できるようになれば言うことないんだけどなあ…


 

読書レビュー:畠中恵の「まんまこと」

  • 2015.08.03 Monday
  • 21:48
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TVジャパンで放送され始めた「まんまこと」。一話目を観て気に入り、原作者が大好きな「しゃばけ」シリーズと同じ畠中恵さんだとわかったので、さっそく原作四巻を購入した。日本にいたときは外出のたびに必ず本屋に立ち寄り、色々な新刊本をチェックしていたものだが、こちらにいるとなかなかそういう機会もなく、一年に一度か二度、好きな作家のシリーズの新刊をチェックする、という感じだ。そのサーチの中でたまたま他の作家の作品が目についたりして世界がちょっと広がることもあるが、アメリカに住んでいて不便だなあ、寂しいなあ、と思う数少ないことの一つが、この、日本の本に出会うチャンスの少なさである。そんな中で出会った新シリーズ。さて、どんな感じだろう、とわくわくしながら読み始めた。
 
江戸の町名主、高橋家の跡取り息子、麻之助。十六歳まで真面目一方だったのに、突然お気楽な遊び人に変身してしまって六年たつ。親友で同じく町名主の跡取りで、女たらしの八木清十郎、そして子供のとき道場で出会って以来の幼馴染の同心見習い、吉五郎の二人とつるみながら、そんな麻之助が高橋家に持ち込まれるいろいろな相談事や揉め事を解決していくお話だ。
 
お江戸の町をゆったりと描く雰囲気、主人公がボンボンであることは、「しゃばけ」に似ているが、こちらの主人公は普通の人間で、彼を助ける友人たちも普通の人間。あくまで現実世界の物語である。(もっとも二巻の「こいしり」にはちょっと不思議なお話があるが、それはとりあえずおいておこう)
 
そして麻之助が今のようないい加減なお気楽者になったには、何か深い理由があるらしいが、これもこの一巻の途中で明らかになる。それに加えて突然許婚となったお寿ずの存在。一見のんきそうだが、内心は色々と揺れ動く麻之助なのである。
 
麻之助のところへ持ち込まれる厄介ごとの多くは、本来このような訴えを受け付けるはずの町奉行が相手にしないような出来事ばかりである。それほど大きな額の金銭がからむわけでもなし、一見犯罪がらみでもない(そして、多くの場合、結末も犯罪とは無縁だ)。しかし当事者にとってはのっぴきならないお話ばかり。未婚の娘のおなかの子の父親探し、家出して何も言わない娘の親探し、珍しそうな万年青の芽の鉢の持ち主探しなどなど…。結局は麻之助も足を使って歩き回る。町名主である高橋家の自宅に陣取ってふんぞり返っているわけにもいかず、江戸の町を歩いて色々な人々と話さなければならない。職人、商人、町娘…。
 
しゃばけの若だんな、一太郎は身体が弱く、うるさい兄やたちに囲まれているからなかなか外出も思うようにいかないが、二十二歳の遊び盛り(笑)の麻之助は自由なものだ。そして江戸っ子の名に恥じず、けっこう喧嘩っ早いらしい。畠中恵さんといえば「アイスクリン強し」という作品もあったな、と思いだす。今回の主人公と彼を取り巻く人間模様は、ちょっとその作品を思い出させた。
 
とりあえず一巻である「まんまこと」は登場するレギュラーたちの姿をくっきりと浮かび上がらせ、麻之助が生きる世界を見事に紹介してくれた、という感じ。これから読み進むのが楽しみだ。

読書レビュー:畠中恵作・しゃばけシリーズ第11作「ひなこまち」

  • 2015.08.01 Saturday
  • 21:38
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ひさしぶりの更新となってしまった。半年ほど本業で非常に忙しい日々が続いてしまい、日本への旅行や新しいクラスの担当など、ブログに書きたくなるようなことは色々あったものの、なかなか書けず。

さて、一年に1−2回注文する和書。今回は6冊届いた。

まず一冊目は大好きなしゃばけシリーズの第11作目。
若だんなのところに現れた謎の木札には「お願いです。助けて下さい」と書かれてあり、しかも五月十日までに、と期限がある。誰が書いたのか、どうやって若だんなのところに届いたのかも分からない。しかしその後、若だんなのところへは不思議な相談事がもちかけられるようになる。一方、お江戸ではある人形屋が雛人形のモデルにするため、べっぴんの「雛小町」を町娘の中から選び、その娘はその雛人形を納める大名家にお目見えするという話でもちきりだ。

そして持ち込まれる相談事の数々…。
1.ろくでなしの船箪笥
  若だんなの友達、小乃屋の七之助と冬吉が持ち込んだ相談事は、彼らが上方の本家の祖父が亡くなって譲り受けた船箪笥のことだった。本家の伯父に、譲る前に中をあらためさせろ、と言われたものの、この箪笥はなぜか誰も開けることができない。預かってくれている叶屋(かのうや)もいい顔をせず、七之助は困っていたのだ。若だんなと妖(あやかし)はさっそくその船箪笥を調べ始める…。

2.ばくのふだ
  怪談噺を得意とする噺家、本島亭場久(ほんとうていばきゅう)の芸を聞きにある商家が自宅で催す寄席に出かけた若だんなと妖たち。しかし、そこで場久の噺に突然激高し、刀を振り回す侍が現れた。それ以来、江戸のあちこちで不思議なことが起こり始め、長崎屋でも普段に増して奇妙なことが起こる。どうやら夢を食べる獏が上野広徳寺の高僧、寛朝が悪夢除けに書く獏の絵から抜け出してしまったらしい。獏を捕まえてみると意外なことが…。

3.ひなこまち
  雛小町を選ぶための東西番付が作られることになり、われこそは、と張り切る娘たちを相手に古着屋は大繁盛。長崎屋の仁吉と屏風のぞきは古着行商の娘、於しなと知り合う。最近頻出する古着泥棒を一緒に追い、彼らは上方屋と名乗る怪しい行商を見つけるのだが…。

4.さくらがり
  上野の広徳寺へお花見にやってきた若だんなと長崎屋の妖一同。妖たちものびのびできるように、と高僧の寛朝が気を利かせて他の花見参詣客とは別のお堂に案内してくれた。そこへ次々と人々が現れる。まずは東の河童の首領、禰々子。若だんなが以前助けた西の河童からお礼をことづかってきたのだ。感謝の品に不思議な薬の数々を受け取る若だんな。続いて安居(あんご)という侍が相談事をもちかけてくる。妻の雪柳の気持ちがわからぬという。その後河童がくれた薬の一つ、ほれ薬が盗まれて、広徳寺境内が大変なことに…。

5.河童の秘薬
      雛小町が選ばれるのが五月十日だと知った若だんなは、かねて依頼されていた雛小町選びを引き受けることにした。謎の木札の日付と同じだったからだ。そして前章で出会った侍、安居の妻、雪柳が長崎屋を訪ねてくる。雪柳が長崎屋の前で見つけた迷子の親を捜しに若だんなと兄やたちは雪柳や子供と出かけるのだが、どうもあたりの様子がおかしい…。

といったお話。

「ばくのふだ」は、軽妙な出だしとは裏腹に、怪談噺そのものの恐ろしい結末。一瞬宮部みゆきさんの本だっけ?と思ってしまったくらいだ(笑)。「さくらがり」はでだしの出かける準備のところを読むだけでおなかがすいてくる(笑)。玉子焼きを作りたくなる。

そして全編を通してのテーマ「雛小町」と木札の謎がきれいにつながっていく最後の気持ちよさ。他人の悩みごとを解決しながら、それをいつも自分と重ね、思いをめぐらす若だんなのけなげさ。そしてあいも変わらず若だんな命の佐助と仁吉の横暴とさえ言える忠義っぷりもほほえましい。

最後は明るく希望に満ちた大団円。若だんなが複雑な思いを浮かべてのほろ苦い、あるいは切ないエンディングになる巻も少なくないので、この明るい終わり方はとても心地よい。

今回の解説は柳家喬太郎。落語そのままの語り口でこれもとても楽しい。

読書レビュー:ヴィクトリア朝時代のロンドンが舞台のミステリー、Mrs. Jeffriesシリーズ

  • 2015.01.08 Thursday
  • 03:34
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20年近く前に出会って以来、少しずつ読んできたコージーミステリーのシリーズ、Mrs. Jeffries Mystery Series。Emily Brighwell(エミリー・ブライトウェル)というアメリカ人の作家による作品だが、彼女の名前を日本語で検索しても何も出てこないところを見ると、日本では彼女の著作はまったく出版されていないようだ。他の名前でロマンス小説も書いているらしい。

Mrs. Jeffriesシリーズはヴィクトリア朝時代のロンドン(19世紀後半)を舞台にしている。シリーズ1作目は1993年出版、現在32作が出ていて、来月には33作目が出る予定だ。電子書籍化も進んでいて、今は確か、ほとんどはKindleやkoboで入手できるはず。私も半分以上はkoboから購入して読んだ。最初の頃はほぼ無名だったようだが、シリーズを重ねるごとにじりじりと人気が上がってきて、今ではかなり安定した売り上げらしい。

32冊全部のリンクをここに載せるのは難しいので、私のブクログの本棚で、彼女の作品32作だけ抜粋したリンクをここに貼っておく。このブログを読んで面白そうだ、と思って下さった方は、ぜひこちらからアマゾンへ(笑)。

シリーズを通した設定を個々の作品ネタばれが極力ないように気をつけながら、登場人物たちの紹介を書いてみる。ただし、登場人物の説明上、一作目のネタばれがほんの少しだが入っている。ネタばれはたとえ少しでもイヤ、という人はまず一作目を読んでみてください。

時はヴィクトリア朝時代のロンドン。スコットランドヤードの警部、ウィザースプーンは独身で中年、とてもおとなしく冴えない男性。中流階級の出だが、裕福な伯母が亡くなり、その屋敷と財産を相続してそこに一人で住むようになる。犯罪捜査の才能はまるでなく、もともとは記録室の管理をしていた。死体を見るのが苦手だが、義務感と正義感は非常に強く、親切で誠実な人柄だ。

屋敷をしきるのは家政婦のジェフリーズ夫人。初老だが若々しく、親切で明るい未亡人だ。亡くなった夫はヨークシャーで巡査をしていた。犯罪捜査に興味があり、夫の生前にも色々夫から話を聞いていたので知識もわりとある。夫が亡くなったあと、年金生活を謳歌しよう、とロンドンに出てきたものの、すぐに退屈してしまい、どうしよう、と思っていたところに屋敷を相続したウィザースプーン警部が家政婦を募集しているのを知り、さっそく応募。犯罪捜査の才能がまるでなく、おとなしい警部をおだて、励まし、また彼の知らないところで犯罪捜査に協力して、彼をスコットランドヤードで一番の殺人事件捜査官として有名にしていく。

ジェフリーズ夫人のもとで犯罪捜査に協力するのが屋敷の使用人四人である。

まずはコックのグージ夫人。(当時、イギリスの上流階級の家で働く女性料理人たちは結婚していてもいなくても、名前をミセスで通していた。グージ夫人の場合も結婚したことはない)以前は貴族の家で料理人をしていたが、年老いたから、という理由で年金もなく解雇され、仕方なくウィザースプーン警部の家で料理人として働くようになる。最初は警官の家で働くなんて、自分も落ちぶれたものだと思っていたし、イギリス階級主義に対して何の疑問も持っていなかったが、ウィザースプーン家で警部の人柄を目の当たりにし、また他の使用人たちとともに、初めて自分が家族と呼べるようなあたたかい人間関係を築き、その人柄も少しずつ変わっていく。犯罪捜査における彼女の強みは、どこへも行かずに自分のキッチンでありとあらゆる情報を集められること。長年上流階級の屋敷で働いてきた彼女は今でも当時の同僚たちと連絡を取っており、彼らを招いては情報を集める。また、屋敷に配達に来るいろいろな業者たちからも情報を集められるのが自慢だ。

続いて馬丁のスミス。がっしりした肉体と、強面の顔だが、頭の回転も速く、心は優しい大男。警部が屋敷と一緒に相続した馬車と馬たちの世話が仕事だ。実はこのスミス、以前警部の伯母に仕えていたが、一攫千金を目指してオーストラリアに渡り、見事財を成して帰ってきた。もう働く必要はなかったのだが、家族のような愛情を持っていた警部の伯母に会いに行くと、なんと彼女は病の床についていた。しかも、多くの使用人たちがそれを悪用してろくに彼女の世話もせず、自分たちのふところを肥やしていたのだ。唯一何とかその伯母の世話をしようとしていたのが、若い従者のウィギンズだった。

スミスはそれらの使用人を追い出し、ウィギンズと二人で警部の伯母の最後を看取る。ウィギンズはスミスが裕福であることを知らないが、伯母はそれを知っていたものの、甥のウィザースプーンが心配で、スミスに警部の面倒を見てくれるよう頼んで息を引き取った。そのため、スミスは自分の富を秘密にして、馬丁としてそのまま屋敷にとどまる。その後使用人が増えるに従い、スミスはますます本当のことが言えなくなり、身分を隠したまま、彼らと犯罪捜査に携わるようになる。スミスはロンドンの居酒屋や馬車仲間などから情報を集める一方、自分の財力を利用して、情報屋から情報を買ったりもする。また、彼が扱う馬車や馬は捜査活動や犯人追跡にも役立っている。

ウィギンズは若いフットマン(従者)。最初の頃は10代のニキビ面であまり頭の回転もよくなく、自分たちが警部の犯罪捜査を行っていることに気づくのも一番遅かった。惚れっぽく、近所のメイドにすぐフラフラになったりもしていたが、成長するに従い、思いやりがあり、機転も利く、正義感にあふれた心優しい青年になっていく。勉強家でもあり、将来はジャーナリストか何かになりたいと思っている。犯罪捜査では、被害者や容疑者の屋敷の使用人からの聞き込みによる内情調査を得意としている。

ベッツィーは若いメイド。ロンドンの貧民街で育ち、辛苦をなめたあげく、瀕死の状態で警部の屋敷の玄関前に倒れていたところを助けられ、そのまま屋敷で働くようになる。警部に救われたという恩を強く感じており、犯罪捜査にも熱心だ。気が強いが頭も良く、美しい娘で、スミスはベッツィーのことを思っている。犯罪捜査では、被害者や容疑者の近所の商店での聞き込みを得意とするが、時に無謀な行為に出ることもあり、スミスをはらはらさせることが多い。

ニーヴェン警部はウィザースプーン警部の同僚だが、盗難事件を割り当てられることが多く、ウィザースプーン警部のことを嫉妬している。野心があり、政治家たちへのコネも多いため、それをアテにしており、犯罪捜査の腕は二流。また庶民を見下すため、捜査活動では彼らから必要な情報を得られないことも多い。ウィザースプーン警部のことを軽蔑しており、彼が立て続けに手柄を立てているのは、誰かが助けているからではないかと疑惑を持っている。

ルーティーは高齢のアメリカ人の未亡人。夫とともに銀鉱山で財を成してロンドンにやってきた。言葉遣いは乱暴で、今でも銃を持ち歩くような女性だが、情にもろく、面倒見もいい。非常に裕福で投資も上手なため、ロンドンの金融界に顔がきく。服装の趣味はかなり派手で、いつも派手な色合いの服を着飾っている。彼女はシリーズ一作目でウィザースプーンが手がけた事件の場に居合わせたため、警部と知り合いになる。賢い彼女は、警部の使用人たちが裏で捜査協力をしていることを知り、一作目の終わりに、ジェフリー夫人にある事件の捜査を依頼する。そして二作目以降、彼女は自ら望んでジェフリー夫人たちとともにウィザースプーン警部のため、犯罪捜査に参加するようになる。

ハチェットはルーティーの執事。色々いわくつきの過去があるようだが、ルーティーとは使用人と主人以上の信頼と友情でかたく結ばれている。(恋愛関係は皆無)常にエレガントな態度と言葉遣いを崩さず、ワイルドなルーティーをたしなめたり、はらはらしながら見守ったりする彼も、意外なところに色々とコネがあり、ロンドン中の色々な世界にいる知り合いへの聞き込みで犯罪捜査に協力する。ルーティーと、どちらがより事件捜査に貢献できるか、でいつも張り合っている。

ルース・キャノンベリーはウィザースプーン警部の近所に住む未亡人。警部より少し若いくらいではないだろうか。元々牧師の娘だが、年上の夫、キャノンベリーと結婚して貴族となる。ウィザースプーンと恋仲になるが、とにかく警部がオクテなので、ジェフリー夫人の協力が欠かせない。彼女もシリーズ途中から捜査に協力するようになる。彼女の場合、上流階級における自分の立場を利用し、ジェフリー夫人たちが会えないような人々から犯罪捜査の手がかりになるゴシップを聞きだす。

バーンズ巡査はウィザースプーン警部のアシスタントとして捜査にあたる初老の巡査。たたき上げで頭もいい。シリーズが進むにつれ、ジェフリー夫人たちの活動に気づくようになり、警部に内緒でジェフリー夫人たちとも捜査の情報をやりとりして捜査にあたるようになる。ニーヴェン警部のことが大嫌い。同じように上流階級の家で聞き込みをする場合、ぞんざいな扱いをされると黙っていないことも少なくない。気骨ある人柄。ウィザースプーン警部の誠実な人柄を心から尊敬しており、彼のためにベストを尽くしてサポートする。

このシリーズにおける殺人事件の大半は上流階級で起きる。まずは殺人事件のシーンから始まることが多いが、犯人は誰だかわからない。作品のペースはのんびりしており、それほど長くないので読みやすいのも魅力。英語もたぶんそれほど難しくないと思う。軽めのコージーミステリーは大人向けの洋書入門としてはなかなか悪くない。

映画「ゴスフォード・パーク」やイギリスの人気テレビドラマ「ダウントン・アビー」が好きな人には特にお勧め。当時のロンドンの人々の生活がいきいきと描かれていて、特に「階下」に住む人々、つまり屋敷の使用人たちの姿がよくわかるのも面白い。

また、32作と長いシリーズなので、シリーズを通して少しずつ登場人物たちの状況が変わっていくのも楽しいところだ。ウィザースプーン家が、一人として血はつながっていなくても「家族」としてつながっていくその過程もなかなか読んでいて嬉しくなるし、20年ちかくかけて読んでいると、みんな自分の身内のような気がしてくるのも、長いシリーズの楽しさではないだろうか。

服装用語などがわからなくて、読書を中断して調べたりすることもあるが、それも私にとっては読書の醍醐味だったりする(笑)。ロンドンの地理がわかったらもっと面白いだろうなあとも思う。シャーロック・ホームズが活躍したのとちょうど同じ時代のロンドンで老若男女たちがそれぞれの知恵と経験を尽くして素人ながら、犯罪捜査の腕を競い合う楽しい物語である。来月に出るという最新作が楽しみだ。

読書レビュー:みをつくし料理帖第十巻(最終巻)「天の梯」

  • 2014.08.31 Sunday
  • 22:56
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出入りの読書掲示板で勧められて一作目「八朔の雪」を読んで以来、ずっと読み続けてきたみをつくし料理帖シリーズがついにこの第十巻「天の梯」をもって完結した。

ずっと多くの読者に見守られてきた澪が、とうとう夢をかなえる日が来る…でも、どんな風に?彼女の途方もない夢が本当にかなうのか?

そんな気持ちでドキドキしながら本を開く。今回も前巻に続き、神戸に住むお友達のRさんが送って下さったのだ。Rさん、本当にありがとうございました。

今回は「結び草」「張出大関」「明日香風」「天の梯」の四章。

以下はネタバレになるかもしれないので、未読の方はご注意ください。
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読書レビュー:しゃばけシリーズ第10作「やなりいなり」

  • 2014.08.12 Tuesday
  • 19:43
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大好きな「しゃばけ」シリーズの第10作。半年に一度くらい和書を数冊まとめてネットで購入するのだが、このシリーズは必ず文庫版で新しいものが出ているかどうかチェックする。長崎屋の面々も相変わらず元気で(若旦那一太郎は相変わらず病弱だけど)何よりだ。

今回は5話収録。すべて最初に料理のレシピがついているという楽しい趣向だ。タイマーのかわりに鳴家(やなり。家をがたがた鳴らす小さな小鬼たち。このシリーズの中では若旦那によく懐いて甘えん坊で食いしん坊で、小さくて子猫のように可愛らしい)が数えてくれるのも楽しい。でも一分以上になると複数の鳴家に頼まなくてはいけないようだ。我が家には鳴家はいないので、あきらめてタイマーを使おう。

各話のあらましと感想を簡単に。ネタバレも入りますので未読の方はご注意ください。

1.こいしくて
レシピは土鍋で炊く小豆粥(あずきがゆ)。

あらすじ:最近、長崎屋の町内ではやたらにみんなが恋煩いをしているようだ。それと同時にありとあらゆる病気の神様が町内へやってくる。みんな病弱の一太郎にひきつけられて長崎屋の離れへふらふら舞いこんでくるものだから、手代の佐助、仁吉(ふたりとも犬神、白沢とよばれる妖である)をはじめとする一太郎を愛する妖たちは彼らを追い払うのにてんてこまい。いったいこの町内だけどうしてこんなに病の神が集まってしまったのだろうか?一太郎は病の神たちにも頼まれて調べることにする。すると、町内と他の町を結ぶ橋の一つにいるはずの橋神さまがいなくなっていることがわかった。橋神はきれいな女子。どうやらこの橋神さまが誰かに恋をして橋の結界を消してしまったらしい…。

感想:どたばたとにぎやかな話だったが、最後はちょっと切ない。禍津日神(まがつひのかみ)や時花神(はやりがみ)など、聞いたこともない神様たちが次々登場して、日本の民間信仰の幅広さを見せてくれる。恐ろしいものでさえ神様にして拝んでなんとか退散してもらおう、というのが実に日本的で面白いなあと思いながらストーリーを追う。橋神、というのも初めて聞いた言葉だ。水害に悩まされたりした昔だから、大事な交通の要所である橋に神様を宿らせて守ってもらう、というのもうなずける。ここでは橋神さまは綺麗な乙女の神様として描かれている。昔このシリーズはドラマ化されたようだが、このお話もビジュアルで観てみたい。

2.やなりいなり
レシピはおいなりさん。長崎屋の庭のお稲荷さんに住み、若旦那の祖母で実は大妖の「皮衣」であるおぎんが現在天界で仕えているの荼枳尼天のお使いをしている守狐たちの得意料理だそうだ。ご飯に青菜をやワサビの粉を混ぜる。これは面白いアイデアだ。今度試してみたくなった。

あらすじ:いつものごとく具合が悪い一太郎に守狐たちがお稲荷を持ってきてくれた。すると、そのお稲荷を食べたがるおしゃべりな幽霊が登場した。自分のことは何も覚えていないと言うのだが、どうも何か魂胆がありそうだ。そしてちょうどその頃、花のお江戸には、凶悪な盗賊団が現れたという噂が広まっていた。やがて妖たちは幽霊がぱっとしない寄席芸人で、しかも溺れかけて意識不明で自分の長屋で寝ている生霊だと知る。思いを寄せる師匠の娘が胃をわずらっており、自分には手が届かない高値とわかっていたものの、長崎屋の薬を何とか手に入れようと店の周りをうろついていて災難にあったらしい。だが、彼はどうしてそんな大怪我をすることになったのか?そして一太郎と妖の面々は長崎屋に迫る危険に気づく…。

感想:なんとも間の抜けた、どこかちゃっかりしている幽霊の男(鳴家たちによって熊八というあだ名をつけられる)がおかしくもあり、いきさつがわかってみるとなんとも言えずけなげでもある。ちょっと人情話のようでもあり、このまま落語の一席として聞きたいようなお話だった。

3.からかみなり
レシピは一太郎の幼馴染で菓子職人の栄吉が作った煠出(あげだ)しいも。棒状に切った芋を油で揚げて水あめをからめた、大学芋のような感じだ。

あらすじ:今回はなんと、一太郎を甘やかす父親で、長崎屋の当主、藤兵衛がいなくなってしまったお話。空雷(からかみなり・雨が降らずに雷だけ鳴ること)の日の出来事だった。いつもどおり、藤兵衛のことを心配する一太郎だが、探しに外出したくても兄やたちが許してくれず、自分の部屋で妖たちが「ダンナはきっとこうなった」「ああなった」と勝手な推測を繰り広げるのを聞いているが、どれもあてにならない。そして数日後帰ってきた藤兵衛は小さな子供を連れていた。迷子らしいその子をみつけて、親を探し回っていたのだと言う。しかしその子が長崎屋に入ってくると途端に異変が起き、妖たちと一太郎はその子の正体にすぐ気づいた…。

感想:妖たちの妄想っぷりが楽しい一話。最後に藤兵衛が帰って来てあっという間に事態は解決するのではあるが、それまでの間、一太郎の母で、大妖おぎんの娘であるおたえにぞっこんの父親だから浮気をするはずもなく、浮気をするはずもなく、いったいどんな理由でどこへ行ってしまったのか、みんなで言いたい放題である。私が好きなのはやっぱり芸者たちのお話かな(笑)。

4.長崎屋のたまご
レシピはゆでたまご。最近卵のゆで方はいろんなレシピがみつかるようになったが、これは水から入れて沸騰したら火から降ろしてそのまま余熱で蒸すもの。イースターエッグよろしく、卵に絵を描くときの絵具(食用)のことも書いてある。

あらすじ:夕刻も近づく頃、長崎屋の庭に青空から青い玉が落ちてきた。鳴家の何人かははずむ玉を追いかけて長崎屋から出て行ってしまう。そして一太郎のところには雲の上にいる百魔の一人、百魅が訪れた。兄貴の三十魅と喧嘩して、喧嘩の元になった玉が空を四角に破って下界に落ちてしまった。玉が空の一片を巻きつけているのだ。その玉を捜しに来たという。一方玉を追いかけた鳴家たちは第一話の「こいしくて」で恋をしたものの成就しなくて悲しんでいる橋姫を慰めに来た大黒様とそのお使いの根棲(ねずみ)に出会ったりして、なかなか玉が見つけられない。そのうち、長崎屋には百魅の兄たちである一魅、三十魅、五十魅まで現れてますます話がややこしくなる。玉だけでなく、体が小さな弟の九十八魅も落ちてしまったようなのだ。それに加えて百魅の前に生まれたはずの九十九魅もどこかにいるはずなのにまだ誰も見たことがないと言う。鳴家たちは迷子になっていた九十八魅を見つけるが、この小さな魔は鳥にさらわれてしまい、玉は鳥を追いかけていく。長崎屋では三十魅と百魅が盛大に兄弟げんかをしている。鳴家の機転で何とか鳥と玉は長崎屋に戻り、九十八魅も無事だった。そして玉の正体もやっと明らかになる。

感想:一人っ子の一太郎は兄弟げんかをする三十魅と百魅を羨ましく思う。体が弱くて普通の生活も出来ず、箱入り息子の一太郎は世の中で普通に生きている人々を見るたびにちょっと寂しくなったりするのだ。そんな一太郎がいじらしいと共に、今回は鳴家たちの可愛らしさを存分に楽しむお話。

5.あましょう
レシピ:味噌漬け豆腐。これも美味しそう。今度美味しい豆腐が買えたときに作ってみよう。

あらすじ:幼馴染の栄吉が修行している菓子屋の安野屋へ遊びがてら買い物に来た一太郎。だが、栄吉は忙しい。見ると若い二人の若者が大量に店の菓子を買っているのだが、どうも様子がおかしい。浜村屋のあととり息子新六と幼馴染で川田屋の息子、五一は幼馴染で、五一は新六の妹と婚約までしていたのに、五一はある日突然房州に行ってしまい、数年戻らなかった。突然戻ってきてまたどこかへ行ってしまうというので新六は怒っているのだ。新六の妹は別の人のところへ嫁入りが決まり、新六は裕福な相手に嫁ぐ妹の持参金を工面するために、自分はあばたの娘、おれんを嫁にすることにした。二人のわだかまりはやがて大喧嘩になる。しかしどうも何かがおかしい…。

感想:最後は涙を誘う物語。最初は普通の友達同士の喧嘩のように見えるが、そこは「しゃばけ」シリーズ、やはり不可思議な結末となるのがお約束だ。相手を思う気持ちが二重三重にからまり、跳ね返ってこんがらがっていく。この巻の最後の話にふさわしく、エンディングは非常にドラマチックだで、涙を誘う。一太郎はいつも傍観者なのではあるが…。

全体の感想:料理レシピを入れるという趣向が楽しく、色々趣向の違う話が集まって笑ったりホロリとしたり、相変わらずこのシリーズを読むのは楽しい。長編もいいが、やはり自分にとっては短編集の方が一太郎と妖たちの日常が色々と見えてほのぼのとした気持ちになるので、より好みである。

次の文庫が楽しみだ。

読書レビュー:JKローリングのハードボイルド推理小説第二弾「Silkworm」(追記)

  • 2014.07.30 Wednesday
  • 18:09
JUGEMテーマ:読書
ハリポタの作者、J.K.ローリングがRobert Galbraithという変名で書いているCormoran Strikeシリーズの第二弾。

ハードボイルドな推理小説だ。一作目のCuckoo's Callingを発表して間もなく、彼女の弁護士の妻の友人(ややこしいなあ…笑)が、このRobert Galbraithの正体はJ.K.ローリングだということをマスコミにバラしてしまった。本人は自分の名声なしでこの作品を世に出したかったようなので気の毒なことである。一作目もなかなかいい出来だったので、二作目もさっそく読んでみた。

主人公のコルモラン・ストライクは30代の男性だ。父親は有名なロックシンガーのジョニー・ロークビーだが、私生児なので父親との縁は薄い。彼自身は軍隊に入り、MP(軍警察)の捜査官だったが、アフガニスタンで片足の膝から下を失い、除隊後は私立探偵となる。

一作目では自殺として片付けられていた人気モデルの死亡事件が殺人事件であることを暴いたコルモランは、ロークビーの息子であるということもあいまって、一躍マスコミの寵児となる。そのおかげで探偵仕事の依頼も増えたが、ほとんどは離婚でもめている金持ちの妻による夫の浮気調査や裕福なビジネスマンによる愛人秘書の浮気調査などだった。ある日、あまり有名ではない作家オーウェン・クインの妻レオノーラが、行方不明になった夫を探して欲しい、と依頼にやってくる。行方を知っていそうなエージェントのエリザベスや出版社に聞き込みを始めたコルモランは、オーウェンがエリザベスや彼を長年担当した編集者のジェリー・ウォルドグレイブ、出版社の社長ダニエル・チャード、昔はオーウェンの友人だった人気作家のマイケル・ファンコート、また彼の愛人や妻など、すべての人を題材にした小説「Bombyx mori」(カイコの意味。本のタイトル、Silkwormも同じ意味)を書き上げたばかりだということを知る。しかし、その小説はどうやらオーウェン自身が主人公になっており、寓話の形をとってはいるものの、周囲の人々を徹底的に侮辱するものだったらしい。やがてコルモランはオーウェンの死体を発見するが、その死体は小説の中で描かれているとおりの凄惨な状態だった。この小説に登場する人物の誰かがオーウェンを殺したのは間違いない、と睨んだコルモランは秘書兼アシスタントのロビンと一緒に捜査を続ける…。

というのが設定。また、前作でコルモランの婚約者だったが喧嘩別れしたシャーロットの名前も頻繁に出てくる。コルモランはシャーロットへの思いを断ち切れず苦しんでおり、彼女が元彼とヨリを戻して結婚することを人づてに知るのである。

推理小説としては今作の方が一作目より完成度が高いような気がした。婚約者がいるロビンとコルモランの関係も微妙なところで漂っていてその人間ドラマも面白いし、今回登場する多くの人々は、ローリング女史のよく知る文壇の世界を舞台にしているせいか、より立体感があって、リアリズムも強く出ていると思う。

作家同士のプライドやエゴもこの中では生々しく描かれている。読み応えがあり、後半は一気に読ませる力があった。犯人が明かされる最後も、なかなか鮮やかなどんでん返し(勘のいい読者は気づくかもしれないが、私は綺麗に騙された)だし、最後のサスペンス溢れる追跡劇も良かった。そして読後感は一作目より爽やかになるようなエンディングだったのもいい。

ここからはネタバレになりますので未読の方はご注意ください。


 
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読書レビュー:幽霊退治に奔走するティーンエイジャーたちの物語〜Lockwood & Co. The Screaming Staircase

  • 2014.07.25 Friday
  • 22:16
JUGEMテーマ:読書

出入りの読書掲示板で久しぶりに小規模な読書会らしきものが自然発生したので読んだ本だが、思わぬ拾い物だった。まだこの作品の日本語訳は出ていないようだが、読書掲示板では皆で「叫ぶ階段」と呼んでいたのでここでもそう呼ぶことにする。色々な版が出ているが私は例によってkoboリーダーで読んだ。

作者のジョナサン・ストラウドは「バーティミアス」三部作(外伝も出ているが私はこれは読んでいない)で有名。バーティミアスの世界も、今回の新シリーズも、イギリスが舞台だが、どちらもいわゆるディストピア的なパラレルワールドになっている。未来ではなく現在に近いが、前者は妖霊(英語ではDemons)を操る魔術師が世の中を仕切っており、後者では子供たちにしか見えない幽霊(Ghost)が英国内を闊歩し、しばしば人間に危害を加えている。幽霊に殺される人も多く、幽霊退治や警備は子供たちの仕事で、大人はただただ子供たちに頼るしかない。多くの幽霊対策会社では、大人たちの監督のもとに、子供たちが仕事をしていた。

この物語はルーシーという15歳の女の子の一人称で語られる。幽霊たちにまつわる音を聴く才能に恵まれたルーシーは、貧しい家に育ったが、幼い頃から生まれ故郷で幽霊退治のエージェントとして活躍していたが、所属するエージェントの監督(大人)の誤判断により、ある仕事で、彼女以外のエージェントが全員死亡するという事件に見舞われた。職を失ったルーシーはロンドンへ出てきて仕事を探すがなかなかみつからない。わらにもすがる思いで彼女がたどりついたのは、大人の監督を持たず、ロックウッド(ファーストネームはアンソニーだが、苗字で呼ばれることを主張する。性格はむこうみずだが、さっそうとして弁舌も立つ。彼は特に霊視力に長けている)という少年が経営するエージェントだった。ロックウッドの他にはジョージ(情報収集に長けた少年で、描写によるとかなりオタクっぽい)という少年だけ。ロックウッド社ではもう一人のエージェントがいたが、どうやら幽霊退治に失敗して死亡したらしい。ルーシーは無事雇われ、ロックウッドが両親から受け継いだという家(オフィス兼三人の住居)で少年少女三人だけの生活が始まる。そしてロックウッドとルーシーが赴いた任務で、とんでもないことが起きてしまう…。

というのがセッティング。冒頭では話の時系列が前後するが、ルーシーの過去が語られた後は話がストレートに進むので読みやすい。

夜になると幽霊が跋扈する世界。幽霊対策には鉄や銀製品、ラベンダー、塩、マグネシウムの炎などが使われる。エージェントは幽霊を生み出す元になる何か(Source)を突き止め、それを上記の色々な道具を使って破壊または封じ込める。幽霊と戦わなければならないこともしばしばで、銀のレイピア(細身の片手剣)が武器として用いられる。

幽霊と戦う話であると同時に、過去の殺人事件の謎を解く、というミステリー要素も加わって、最後まで一気に読ませる。バーティミアスシリーズも、同じ読書掲示板で読書会があって読んだのだが、私はこちらの作品の方が好きだなと思った。主人公たちに共感しやすく、ロックウッド、ジョージ、ルーシーの三人がそれぞれ個性豊かで愛すべきキャラクターに描かれているし、作者が構築した世界観もしっかりと作られている。既に映画化が決まっているそうだが、連続テレビドラマでじっくり作るのも面白そうだな、と思った。

二作目が9月に発売されるとのことで楽しみである。

読書レビュー:20世紀初頭のニューヨークに暮らすユダヤ人家族をいきいきと描く児童文学 "All-of-a-Kind Family"

  • 2014.06.02 Monday
  • 22:05
評価:
Sydney Taylor
Yearling
¥ 508
(1980-06-01)

JUGEMテーマ:読書
久しぶりに面白い児童文学にめぐり会えた。フェースブックで、このシリーズの続編が復刊された、という米国のニュースを見かけ、年上の友人が「子供の頃夢中になって読んだ」とコメントしていたので、気になってkoboでダウンロードしてみた。値段は$6.99。

作者のシドニー・テイラーはサラ・ブレナーとして1904年にニューヨーク市マンハッタンのLower East Side(ローワー・イーストサイド)のユダヤ人家族に生まれる。両親と彼女の姉、エラは1900年にヨーロッパから移民してきた。当時のローワー・イーストサイドは移民と労働者が多く住んだ、いわゆる下町である。同じニューヨークのブルックリンで生まれ育った作曲家、ジョージ・ガーシュウィン(1898-1937)とほぼ同世代にあたる。

この本は、ジャンク屋を営む父と母、長女のエラ、ヘンリエッタ(愛称へニー)、サラ(この本の作者。大人になってシドニーと改名する)、シャーロット、ガートルード(愛称ガーティー)の五人姉妹という大家族の日常を鮮やかに描いた児童文学である。1951年に出版され、その後四冊の続編が約20年に渡って出版された。

20世紀初頭のニューヨークのユダヤ人社会の生活が子供の目から描かれるのだが、それがとても興味深い。彼女より40年ほど早く生まれ、開拓時代の中西部で育ったローラ・インガルス・ワイルダーの「大草原の小さな家」シリーズと、時代・場所こそ違え、当時の生活を子供の視点から鮮やかに切り取って文章にしている、という点では共通するものを感じた。子供たちが成長していく姿ももちろん読んでいて楽しいのだが、生活文化に興味がある私にとっては、母親が色々な伝統行事の準備をする光景や、町へ子供たちと買い物に行く様子などが実に読んでいて面白い。

五人の娘たちは小学生から6歳までだが、三つのベッドを五人で分け合って一つの部屋で眠る。毎日1セントのお小遣いをもらい、時にはそれを貯めて父親の誕生日にプレゼントを買い、時には買い食いを楽しむ。五人それぞれに個性があるが、その結束は強い。母親は厳しい家計をやりくりし、無駄を出さないようにしながら、五人の育ち盛りの娘たちを時に厳しく、時には優しく育てる。父親も女系家族に時に圧倒されながらも愛情豊かである。

そして父親の仕事を時折手伝う白人の謎めいた青年、チャーリー。気が向いたときだけふらりと現れるこの青年は、実は裕福な家の出だが、ある事情があって親と縁を切り、ある人を探していた。ブレナー家の子供たちは子供好きで優しいチャーリーが大好きで、特に思春期の少し手前のサラは彼に淡い思いを寄せていた…。

というちょっと謎めいたストーリーも全編を通して流れているのもちょっと面白い。

本の最後にはブレナー一家にとてもステキなサプライズが待っている。児童文学好き、特に時代ものが好きな人にはお勧め。また20世紀初頭のニューヨークやアメリカのユダヤ人の歴史に興味がある人にも面白い本だと思う。残りの四冊も読む予定で、早速第二巻になるMore All-of-a-Familyもダウンロードした。

読書レビュー:若いひたむきな寿司職人の仕事、友情、そして恋…山本一力「銀しゃり」

  • 2014.04.18 Friday
  • 21:10
JUGEMテーマ:読書
昨日に引き続いてここ数ヶ月で読んだ本のレビュー。山本一力の作品は「だいこん」以来だ。今回は天明年間の江戸を舞台にした若き寿司職人の物語。名店で厳しい修行の後、深川に親方から受け継いだ杮寿司(こけらずし)のの伝統を守る店を構えた新吉。旗本の小西秋之助や魚屋の順平など、深川の人々との間に芽生える友情。試行錯誤して日々精進を重ねる新吉の真摯な姿と、彼を取り巻く人々のあたたかさがじっくりと心にしみてくる。

「だいこん」も若い女料理人の物語で、ついつい前回のエントリーに書いた高田郁の「みをつくし料理帖」のシリーズと比べながら読んでしまったが、あたたかさの感じがちょっと違って、そのどちらもいいなあ、と思ったものだった。しょうがないなあ、と思う人も困った人も登場はするものの、小説にありがちないかにも、という悪人は出てこない。「だいこん」のときも、この人の人物の描き方はリアルであり、かつ視線があたたかいなと思ったのだが、この作品でもそれを実感した。みんな欠点のある普通の人間で、誤解することもあるし、あやまちを犯すこともある。いつもいつも正しい行動を取れるわけでもないけれど、でも登場人物がみんなすがすがしいのは、それぞれの立場なりの「向上心」があるからではないだろうか。泣いたり笑ったり、主人公や登場人物の悲喜こもごもに共感しながら楽しく読んで、それでも読み終わった後に、ふと自分の行き方をふりかえり、衿を正したくなる(ただし、あからさまなお説教調の小説やエッセイは苦手)、そんな前向きな気持ちにさせてくれる小説が、私は好きなのだ。

この人の作品は、もう少し色々読んでみたい。そして、美味しい箱寿司が食べたくなった。といっても、ボストンでは手に入るわけもなく、一人で悶えるしかないのが辛いところだ(笑)。

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また、ボストンの観光などについて個別でご質問をいただくことがありますが、なかなか個別の質問にはお答えする時間がありません。申し訳ありませんが、ボストン関連の掲示板などで質問されることをお勧めします。リンクにボストン情報の掲示板のリンクがありますので、どうぞご利用くださいませ。

最後にこのブログに掲載されている写真、文章などすべての内容の転載は固くお断りします。どうかご遠慮ください。

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