サンクスギビング旅行4〜6日目: 大雨とDunes Park

  • 2014.11.25 Tuesday
  • 22:47
火曜日は朝から大雨。予報では、水曜日の午前中まで降り続くということで、それでもサンクスギビング当日はいいお天気になりそうでほっとする。

火曜日の午前中は義母のお供でキルトクラブへ。引退してキルトを楽しんでいる熟女の皆様にお会いしてきた。二年前にも行ったので覚えていてくれた人も多い。現役時代はニューヨークやニュージャージーに住んでいた人も多い。東海岸北部で働き、引退後はフロリダ、という人は多いのだ。今、夫の両親が冬に住んでいるこのフロリダの家も、夫の父方の祖父がニューヨークで働き、定年後に引っ越して亡くなるまで住んでいた家なのである。その祖父は亡くなるまで一度もニューヨークには戻って来なかったそうだ。フロリダの気候がよほど気に入ったのだろう。

義母はこの日はあまり長居しなかったが、みんな色々なプロジェクトに取り組んでいて、年が開けたら行われる展示会に出す共同作品(オークションにかけて、クラブの費用を稼ぐ)の作業や、それぞれ誰かにあげるプレゼント作りなどに励んでいた。それぞれ自分のミシンを持ち込んであちこちで作業が進む。出来上がった作品を持ってきてみんなに披露したりもする。

オークションのメイン出品である共同作品がこれ。メンバーのそれぞれが一区画のアップリケを担当している。義母の分はまだ未完成だが、帰宅してから見せてもらった。色とりどりの花々が色々な意匠であしらわれていてゴージャスだ。
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皆さんが持参しているミシンはもちろん、持ち運びできる電動式なのだが、こんな古いミシンもちゃんと改造して電動式にしている。実家のミシンもけっこう古い足踏みを電動式に改造したものだが、このミシンは祖母が愛用していた足踏みに良く似ていて、本当に古いタイプだ。この時代の黒くて艶があって、曲線が綺麗なミシンを見るといつも祖母を思い出して目が離せなくなってしまう。
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こちらはメンバーの一人が披露していた完成間近のキルト。パターンはシンプルだが、一つ一つの布地がとても面白い。近くでよく見ると、色々な柄、色があり、作っている女性は「これは私の人生、経験がすべて入っているのよ」と言っていた。かつて住んだ州の風物、行った場所などを象徴する絵柄や色を選んでいるのだ。奥が深いなあ。
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午後は家でのんびりし、近くのステーキハウスで早めの夕食。そして私と夫はレンタカーでオーランドの空港へ。夫の妹夫婦がフィラデルフィアから飛行機でやってくるのだ。相変わらず激しい雨が降り続いており、ショッピングモールの中にあるステーキハウスの前の駐車場は、車が通れないほど水が深くなっていた。車じゃなくて箱舟が要るね、とジョークを飛ばしながら、雨の高速を一時間ほど走ってオーランドへ。飛行機のルートも、直線コースでは嵐の中を通るので、遠回りして半円を描くように大西洋を通ってきたので少々遅れたが、無事に到着した。

両親の家は狭く、客用寝室は一部屋しかないので、この日からは家から1ブロックのところにあるホテルへ。二年前と同じだ。

水曜日は午前中に義母と義妹とサンクスギビングのための食料品の買出し。午後は家でのんびりした。夜はハンバーガーとサラダで簡単な夕食。夜は恒例のトランプゲーム。雨は昼過ぎにやんだが、昨日からの雨量は相当なもので、すぐ近所では床上浸水もあったようだ。基本的に夫の両親の家があるエリアは砂地なので、こういう時はちょっとした家の構造ですぐ浸水してしまう。ローカルテレビ局の取材車両が2ブロックほど離れたところにきていて、そこで取材された家の様子が正午、夕方、夜のニュースで繰り返し流れていた。サンクスギビングに備えてクランベリーソースを作っていたら浸水が始まった、と話す高齢の男性の動画が何度も流れたのでその顔も台詞も覚えてしまったほどだ。午後には少し水が引いて無事にサンクスギビングを迎えられたことを祈る。家のそばの二本の道路の間には排水用のくぼみがあり、普段は青々とした芝生が椰子の木に囲まれているのだが、ここも完全に池になっていた。

そしてサンクスギビング当日の木曜日。やっと晴れた。
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Ingressを始めてみた。

  • 2014.08.11 Monday
  • 10:09
夏休み、音楽教室の仕事が7月下旬に終わると9月に大学と音楽教室が再開するまで、ほぼ夏休み状態になる。といっても、9月からの新学期に備えて色々大学の準備はあるのだけれど、それでも普段の生活に比べたらほぼ毎日自由だ。

この時期一番力を入れるのは毎年のことながら、体力づくりと料理と読書(笑)。夫は実はけっこう8月は仕事が忙しいので、この時期に旅行らしい旅行をすることはあまりない。なので私は週に4-5日は1時間以上歩くようにしている。

猛暑の日は外を歩くのはちょっと体力的にしんどいのでジムへ行き、Treadmill(いわゆるランニングマシーン)で歩くが、この夏、特にここ2週間は、カラッと晴れて温度もそれほど高くない日が続いているので外を歩くことが多い。しかし散歩そのものは一人だとそれほど面白いとは言えない。家の近所で歩きやすいコースはもう何度も歩いているので、ポッドキャストを聞きながらひたすら30分から40分歩き、そして帰ってくる、という感じだ。Treadmillはむしろ時速6キロくらいの速度で歩きながら本も読めるし、うちのジムのTreadmillにはテレビも付いているので退屈しないのだけど…。

そんな折、先日伊集院光さんのポッドキャストを聞いていたら「Ingress」というゲームの話をされていた。どんなゲームなのか、はここが日本語でわかりやすく説明してくれているようだ。

これはちょっと面白そうだ、と思ったのでトライしてみることにした。要するに、実際の地図を使った宝探しであり、陣取りゲームである、と言ったらいいだろうか。ゲームはアンドロイド版とiOS版の両方があり、無料でダウンロードできる。Googleのアカウントが必要だ。
世界の各地でエネルギー(XMと呼ばれる未知のもの)があふれ出すポータルがあり、それが実際の地図上にある。うちの近所ではこんな感じでたくさんあったのも、やる気が出た理由の一つ(笑)。

 
ごらんのように2日前に始めたばかりなので、私のレベルはまだ3。レベルの横の黒く塗りつぶした部分はユーザーネームで、これは登録の時に自分で好きな名前を作れる。この緑色で炎のようになっているのがポータルだ。ここは緑ばかりだが、青いのと白いのもある。緑と青は、二つの対立するグループがそれぞれ所有しているポータルだ。緑はこのエネルギーを活用しようとしているEnlightened(「悟れる者」と言うような意味)のポータル、青はRebel(「反乱軍」の意味で、このエネルギーで人類を支配しようとする勢力に対抗するグループ)に属するポータルだ。時々歩いていると白いポータルが見つかるが、これはどちらのグループにも属しておらず、先にどちらかのグループのメンバーがレゾネーターと呼ばれるアイテムを設置することで、自分のグループのポータルにすることが出来る。

私もまだ始めたばかりなので色々英語のウェブサイトを見てやり方を覚えているところだが、ゲームの内容を別にしても、ポータルを探して歩くだけでかなり面白い。ポータルになっているのは、大抵記念碑とか、地元で有名になっている場所とか、そんなものなので、都会は当然ポータルが多いわけだが、うちの町にもびっくりするほどたくさんあるのだ。一昨日は初めて本格的にトライしてみようとして、近所を少し歩き回ったのだが、あっという間に1時間半たってしまった(笑)。

iPhoneの画面で見ながら歩くのだが、けっこう近くまで行かないと近くにあるポータルは表示されない。パソコンのブラウザのワールドマップである程度事前に、どこにポータルがあるかというチェックは出来るし、iPhoneのサファリでもチェックすることはできるが、このブラウザでチェックするマップが重いのだ…。ただ、ある程度それを事前に見ておいて、今日はこの辺のコースを回ろう、と決めておいたほうが効率はいい。

そして、歩いて次々とポータルを「ハック」しているうちに、
「あ、もうちょっと先まで行くとまたポータルがある」
ということになり、気づくとものすごい距離を歩いていることになってしまうのだ(笑)。伊集院光さんもポッドキャストで10キロ歩いてしまった、と話していた(笑)。私はそこまで行かなかったが、一気に一万歩以上歩いたのは確か。

昨日は車でボストンエリアをあちこち移動していたのだが、夫が運転しているのをいいことに、通過するポータルを片っ端からハックしまくった(笑)。そのおかげで経験値がしっかり上がったのだ。ただ、ゲームとしてはそこでしっかり立ち止まって他のこともした方が面白い。一番の理想はやはり徒歩か、自転車だろう。

今日は近くの町のスーパーへ午前中に食料品の買出しに行ったのだが、そこでも近くにポータルを見つけたので、スーパーから少しだけ歩いてハックしてきた(笑)。

そして午後にまたうちの町を散歩することにした。一昨日とは違う方向だ。今日もたくさんハックできて楽しかったのだが、楽しさの一つは、いつも何気なく通過しているところに、自分が知らなかったたくさんの記念碑や歴史がある、ということを発見できることだ。

たとえば、一昨日の夜、知人の家を訪ねて夫と車で帰宅する途中、白い炎があるのに気がついた。それほど回り道でもないので夫がハンドルを切ってそこまで行ってくれた。静かな住宅街の中。そこにあったのは、なんと、あの女流飛行家のアメリア・イアハートが一時期住んでいた家だった。彼女が隣町に住んでいたなんてちっとも知らなかったのでびっくり。

ポータルのすべてが歴史的な建造物というわけではない。学校や教会もポータルだし、私が午前中でかけたスーパー(新鮮な野菜が豊富で安いので有名)ですらポータルだったのだ(笑)。

でも、本当に普段見落としがちなものがポータルになっているので、ただゲームをプレイするだけでなく、実際に自分の足で歩いてそこへ行って何かを発見する、という楽しみがあるのがいい。

ゲームとして陣取り合戦をもっと楽しむのであれば、グループででかけるのも楽しいだろうし、私のように、ただのんびり散歩して「ああ、こんなところにこんなものがあるのね」と感心しながら歩くのもよし。散歩のコースにバラエティが増えて楽しくなり、今日もしっかり一万歩を越える散歩をしてきた。白いポータルを幾つか見つけて自分のグループのものにしてきたり、他のポータルと結んで新しい結界を作ったりもしたので、けっこう経験値も上がった(笑)。いろんな町に行くたびにポータルをチェックするのも楽しそうだ。

秋になって大学が始まればそうそう散歩の時間も取りにくくなるが、ぼちぼちマイペースで楽しめそうだ。

TIME誌の記事に日米の子供事情の違いを見る

  • 2014.06.14 Saturday
  • 09:09
JUGEMテーマ:アメリカ生活

先日、TIME誌でこんな記事を見つけた。

‘Cool’ Kids More Likely to Have Problems Later in Life
少々乱暴に意訳すると、「人気者のティーンエイジャーは将来ろくな人生を送らない」という見出しである。

学園モノの映画は世界共通で人気があるジャンルだ。アメリカでも、たくさんの学園モノの映画があるが、Mean GirlsSixteen Candlesなどは何年たっても根強い人気がある。人気テレビドラマ「Glee」やディズニーで大当たりした映画、ハイスクール・ミュージカルなども大抵のパターンはパッとしない主人公と華やかな生徒たちが対照的に描かれるが、最終的には主人公がハッピーエンドになる、というものだ。

今回バージニア大学が行った追跡調査によると、中学時代、人気があった子供たちの多くは学校時代から早期の飲酒や異性との交遊が活発になるが、22歳くらいになると、その行為がさらにエスカレートして、自分をよく見せようとするあまり、犯罪行為に手を染めたりするパターンも多くなる、と言う。そしてその頃には、他の同年代の人たちからはそういう言動にすっかり呆れられてしまう、というのだ。

これを読んでいて、つくづく日本とアメリカの学校システムの違いと、カルチャーの違いを感じた。アメリカにずっと住んでいるとわかるが、中学や高校時代の花形とされる、いわゆるステレオタイプはある程度決まっているらしい。さすがに21世紀にもなってくると、1980年代の青春映画に映し出される世界とは多少違ってきて、いわゆる「オタク」な子が脚光を浴びたりすることもあるのだが…。日本の学校での典型的な人気者、とはどういう感じなのだろう?自分の時(はるか昔だが)を思い出してみる。男子はやっぱりスポーツが出来る子だっただろうか?女子は…どうだろう。田舎と都会でも色々違ってくるかもしれないが、特に「これ!」という決め手はなかったような気がする。少なくともアメリカのように、映画やドラマでパターン化されるような、型にはめやすい現実はなかったと記憶している。

アメリカで言う典型的な中学・高校時代の花形と言えば、ずっと前から、男子はフットボールチームの選手、女子はチアリーダーというステレオタイプがまかり通ってきて、映画でもそれが如実に表れている。そして、この記事はフェースブックで紹介されていたのだが、そこにたくさんついていた色んなアメリカ人のコメントが興味深かった。

「これはほんとだよ!同窓会に行ったら今女性にモテモテなのは当時負け犬だったオタクたち。みんな会社を経営したりしてすっかり羽振りがよくなって、自信にも満ち溢れている。服装も見違えるようにおしゃれになっていたね。一方昔人気者だったフットボール選手たちと言えばみんな未だに地元で造園業で働いていたりして、話題と言えば高校時代のフットボールの試合の思い出話ばっかり。おなかがぼっこり出てすっかりオッサンになって、服装もジャージだった」

面白いことに、これと似たようなコメントが続々といろんな人によって書き込まれていた。

もちろん、いろんな例外はあるだろう。みんながみんなそういうわけじゃないよ、という当たり前の事実を指摘するコメントもあったが、この記事を読んで共感を覚えた大人は決して少なくなかったようで、その辺がとても興味深かった。

アメリカでは、高校までが義務教育である。そのため、私立の学校は基本的に少数派だ。いわゆるエリートの私立学校と言えば、本当に裕福な上流階級の子女だけが行く全寮制(主に高校)。それ以外の私立は教会(主にカトリック)が経営するカトリック学校である。こちらは幼稚園から高校まである。カトリック系学校の歴史は古い。19世紀にヨーロッパ、特にアイルランドから多くのカトリック教徒が移民してきたものの、宗教としてはマイノリティであったため、色々差別や偏見の的となった。そのため、カトリック信者たちの子女がいじめられたりすることなしに、安心して勉強できる環境を、そしてカトリック教徒の文化と伝統を守り、伝えていく、ということで多くのカトリック学校(Parochial School)が作られたのだ。

ボストンエリアにはアイルランド系、イタリア系の人が非常に多いため、カトリック学校の数は多い。共学もあるし、聖心系列の女子高もある。自分の住む町の公立学校のレベルがあまり良くない場合、あえて近隣のカトリック学校を選ぶ親もいる。公立学校で苛められたのでカトリック学校へ転校するケースもある。

全寮制のエリート私立学校に行く人はわずかで、たとえばジョージ・W・ブッシュ大統領はボストン郊外にあるフィリップス・アカデミーの出身。しかし経済的にもかなり高額で、入学も困難だ。数も圧倒的に少ない。

やはり大多数の子供たちは小学校から高校まで、自分の住む市町村立の学校へ行くのが一般的である。つまり、基本的には同じ子供たちと一緒に12年間勉強し、遊び、行動を共にするというわけだ。

ボストン市のように大都市ともなると高校も複数になるが、基本的には住んでいる地区で自動的に振り分けられる。私が住んでいる町のように人口数万人程度なら、町の高校は一つだ。さらに田舎になり、規模の小さい市町村だと、隣接する複数の地方自治体が共同で一つの高校を作ったりもする。夫が働いている町は州で五位以内に入る人口の多い町だが、それでも高校は一つだけ。ほぼ四千人の生徒がいる。こちらの高校は四年制(小学校は五年、中学は三年)なので、一学年あたり、約千人ということになる。私の日本の母校(県立)の全校生徒の人数が当時千人弱だったことを考えると、かなりの大所帯だ。

その他に、近隣の市町村が共同で運営する職業高校もある。これは日本の工業高校や専門学校を全部一緒にしたようなもので、そこで教える技術も料理から自動車修理、水道管工事、コンピュータ関連やバイオテクノロジーなどのハイテク技術など、非常に幅広い。そこから大学へ進学するオプションも当然ある。

うちの町では、小学校はできるだけ徒歩で通える圏内、ということでやや小規模で数を多めに、中学、高校は一ヶ所にまとめる、という形を取っている。スクールバスを多用して、小さな小学校をまとめて少し大きめの小学校を作り、効率を良くした町もある。隣の町はそのケースで、10年ほど前に廃校になった小学校の建物はいずれも20世紀初頭に建てられたしっかりしたレンガ作り。それほど大きな建物ではないので、一つは業者が買い取り、リノベーションして高級分譲マンションとなった。もう一つは壊され、その後の土地は分譲住宅地として開発された。

幼稚園から小中高校に至るまで、それぞれの市町村が一括管理している、ということはつまり、教師を雇い、給料を払うのもそれぞれの市町村の責任である、ということだ。だから、自分で転職活動をしない限り転勤はないし、日本のような一定期間の異動もない。市町村の予算によって、それぞれ教師の給料や福利厚生の内容も違う。教育委員会は選挙で選ばれた一般市民で基本的にボランティア。(他の地域では市長が指名するケースもあるそうだ)教育長はその教育委員会が選考して雇う。教員、校長、教育長になるにはそれぞれ州によって発行されるライセンスが必要であり、教育長は現場のプロであるが、教育委員になるにはその必要はない。ただし、その町の住民で、他の市町村で教育の現場にたずさわっている人間が教育委員となるケースも多々ある。うちの町でも現在、7人いるメンバーのうち、一人は引退した元教師、一人は近隣の町の小学校の副校長、もう一人はやはり近隣の町の教育事務所で働いている。

市町村によって予算が違い、管理体制もそれぞれ独立しているということは、カリキュラムも違ってくるし、学校のレベルにも当然差が出てくる。子供たちの成長に伴って、公立学校のレベルが高いところに引っ越す家族も少なくない。学校のレベルが高い市町村は不動産の値段も当然高いことが多い。

話が大分それてしまったが、高校が義務教育である、ということで、その環境がかなり日本と異なるということを日々感じるのである。入試でそれぞれ違う高校へ行き、ある程度学力が近い子供たちが一緒に三年間過ごすのと、アメリカの方式では環境が自然と変わってくるのも当然のことだが、その分、学校でのヒエラーキーも一層シビアなものになるのだろうと想像できる。

そこで、上記のような典型的な「秩序」が出来上がっていたのかもしれない。いずれにせよ、興味深く読んだ記事だった。
 

四月とゴールデンウィーク

  • 2014.05.12 Monday
  • 22:34
四月とゴールデンウィーク期間はあっという間に過ぎた。

四月の誕生日、今年は日曜日だったが、その週、大学でいつものようにクラスを始めると、なんと、学生たちがサプライズのバースデーケーキでお祝いしてくれた。こんなことは初めてだ。ちゃんと名前入り(写真では消しています)なのが泣ける。
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今年の一年生たちは特にまとまりがよく、怠ける学生もほとんどいなくて実にいいグループで、私にもよく懐いてくれているのだが、これには感激した。ケーキは学生たちと一緒に美味しく食べた。

ゴールデンウィーク、こちらでは普通だが、私にとっては忙しい週である。大学では授業の最終週となり、期末試験と採点、そして成績付けに追われる。それと同時に、日本からは私が住むアーリントンの姉妹都市、長岡京市から毎年中学生と高校生のグループが約1週間のホームステイにやってくるのである。それに加えて今年は姉妹都市条約締結30周年。そのため、条約締結当時にアーリントンをよく訪れていた市民の人たち30名、そして市役所からは市長、市議会議長など5名のグループ、そして過去の中高生ホームステイプログラム及び高校の一年留学プログラムで子供たちをこちらに送った父兄5名などが一緒にやってきた。総勢70名ほどである。

5年前の25周年の時も、同じようなイベントがあり、この時は私は町役場の人たちと協力して事前の計画や手配をする立場だった。大学の年度末の忙しさと合わせて本当に大変だったのを思い出す。それから大学で教えるクラスが増えたので、今は当時ほど姉妹都市のプログラムには参加できなくなってしまった。ここ2-3年は、事前の準備や手配には参加せず、学生グループが到着してから、自分のできる範囲で観光ツアーの案内をするなどのボランティアをしてきた。

今回も事前の準備にはほとんど関われなかったが、市長をはじめとする市役所グループのアテンド及び通訳としてボストン到着から三日間、ずっと付き添った。観光案内、アーリントンの町の人とのやりとり、ボストン市長との面会や式典などの通訳などで一日12時間近いハードスケジュールだ。通訳でしゃべりっぱなしだった私も疲れたが、時差のある状態でほとんど休憩もなく一日いろんな人に会ったり式典でスピーチしたり、市役所グループの皆様も本当に大変だったのではないかと思う。

今年は春が来るのが遅かったボストンはゴールデンウィークの前にようやく気温が上がったが、姉妹都市の人たちの到着と同時に、また寒い雨模様に戻ってしまい、お天気にあまり恵まれなかったのは残念だった。しかし、桜もいいタイミングで咲いて、アーリントンの公園にも姉妹都市から送られた桜をはじめ、綺麗な花が咲いていたのは幸いだった。
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市長一行が到着した土曜日は、そのままうちの町の評議員(ニューイングランド地方の町には町長がいない。その代わり奇数人数〜アーリントンでは5名〜の評議員が合議制で首長の役をつとめる。給料が出る常勤の仕事ではなく、他に仕事を持っている、いわばボランティアの仕事。事務的なことは、この評議会に雇われた常勤のタウンマネージャーが取り仕切る)の一人のもてなしでボストン市内のユニオン・オイスターハウスでランチ。その後、30人の市民団体やアーリントン市民で姉妹都市プログラムに携わる人々と共に、ボストン総領事の公邸での歓迎レセプションに出席。ボストン郊外の閑静な高級住宅街にひっそりとある公邸の内部はゴージャスな作りだった。総領事との記念撮影などはOKだったが、あまりインテリアなどを撮影するのははばかられたので、残念ながら写真は無し(笑)。

そして日曜日。
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アメリカの消えない傷跡:ジョン・F・ケネディ大統領暗殺から50年

  • 2013.11.22 Friday
  • 12:03
JUGEMテーマ:歴史アメリカ生活

今日は日本では「いい夫婦の日」だそうだが、アメリカでは、現職中に暗殺されたジョン・F・ケネディがテキサスで暗殺された日である。今年で50年になるため、マスコミでは再び、この事件が取り上げられている。当時現場に居合わせた人々の証言やインタビューが紹介され、今年はケネディに関する本も次々に出版されているようだ。

あまりに不明なことが多く、開示されていない情報もたくさんあるようで、陰謀説も未だ絶えないこの暗殺事件であるが、20世紀のアメリカの歴史を振り返ってみると、この事件はアメリカがまだ生々しく覚えている傷跡の一つなのである。そして、未だに残るたくさんの謎は、きっと永遠に解けることがないのだろう。年月がたてばたつほど、その謎を解き明かすことは難しくなっていくのだから。だから、彼の死の謎はこれからも、いつまでも、話題になり続けるのだろうと思う。これからも色んな説が登場するだろうし、本も出版されるだろう。でも私たちは、おそらく永遠に真実を知ることはできないのだ。

だから、アメリカはこの暗殺事件を乗り越えることが出来ないのかもしれない。いつまでも謎であり続けるから、いわゆる「Closure」を迎えることが出来ないのだ。

若くて颯爽としたケネディ大統領。人気を誇り、弟2人も次々と政界デビューし、アーサー王の伝説になぞらえてケネディ一族は「キャメロット」とまで呼ばれるようになった。そのケネディ大統領が突然、テキサスでパレード中に狙撃されたこの事件。

テレビは突然臨時ニュースになり、当時のニュースキャスターだったウォルター・クロンカイトが沈痛な表情でケネディの死を伝える映像は今でも色々なところで観ることが出来る。

色々なアメリカ人と話すと、この日のインパクトの強さがよくわかる。皆、この日、どこにいて、何をしていて、どうやってケネディ大統領の死を知ったか、ということを鮮明に覚えているのだ。この事件は私が生まれる前だが、小学校一年生だった知人は、
「学校から帰宅すると母親が泣いていた」
と言う。

葬儀の時に、幼かった長男のジョン・ジュニアが敬礼をする姿が国民の涙を誘った。このジョン・ジュニアは政界には入らず、わずか38歳で、自ら操縦した小型飛行機が海に墜落し、妻と共に不慮の死を遂げる。

そして、今年、長女のキャロラインが駐日大使として日本に赴任した。

ケネディ一族はボストン出身である。ケネディ大統領はボストンの隣にあるブルックラインという静かな町の住宅街のつつましい二階建ての家で生まれた。父親はアイルランドから移民したジョセフ・ケネディ。禁酒法時代に酒の密輸でもうけたそうだが、かなり目先が利くビジネスマンだったそうで、フランクリン・ルーズベルト大統領に抜擢され、駐英大使までつとめた。母親は、ボストン市長だったジョン・フィッツジェラルドの娘。どちらもアイルランド系でカトリック教徒である。その後一家はケープ・コッドの入り口にあるハイアニスという町に引っ越す。今でもケネディ家の「本家」はここにある。

それまで大統領職についたのは、WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)、つまりイギリス系でプロテスタント教徒だけだったので、アイルランド系でカトリック教徒、しかも史上最年少の大統領だったケネディは本当に特別な存在だった。

だから、アメリカにとってもそうなのだが、ボストンにとってケネディ大統領とその一族はさらに特別な人々なのだ。州議事堂の前にはケネディの銅像があり、マサチューセッツ州立大学ボストン校のキャンパス内には、ケネディ大統領図書館がある。ここでは、博物館があり、ケネディ大統領の生涯とその功績をたどることが出来る。ジョン・ジュニアが亡くなった時も、彼はマサチューセッツ州の住民ではなかったが、たくさんの花束がこの大統領図書館の前に捧げられた。ボストンの人々にとっては、大統領の遺児であるジョン・ジュニアもまた、「ボストンの息子」だったのである。

今日はアメリカではたくさんの人が当時を思い出して、ケネディ大統領の冥福を祈ることだろう。

今、Ylvisが面白い

  • 2013.11.20 Wednesday
  • 00:00
数週間前に、音楽教室で教えている中学生女子の室内楽グループに、こんなYoutubeビデオの存在を教えてもらった。アメリカの子供や10代の若者の間でかなり話題になっていたようだ。子供番組でも紹介されたし、小学校二年生の男子生徒にも、この曲をピアノで弾いてみたい、と言われた(笑)。

英語で歌っているが、ノルウェーのグループ、しかもコメディアンの兄弟らしい。
タイトルは「キツネはなんて鳴くの?」という意味で、一番ではいろんな動物の鳴き声を紹介するのだが、音楽はなかなかリリカルなメロディーで、しかもこの兄弟、歌がめちゃめちゃ上手い!そこから「でもキツネの鳴き声は誰も知らない」となって、そこからいきなりクレイジーになる(笑)。

非常にダンサブルな曲で、何度か聴くと、いつの間にか自分も口ずさんでいるから油断できない(笑)。これがかなり流行ったのだ。

へえ、面白いねえ、と思っていたら、なんとそのすぐ翌日、彼らが発表した「新曲」が私のフェースブックのタイムラインで話題になった。それはなぜかと言うと、新しい曲のタイトルがなんと、「Massachusets」だったのだ!(笑)

さっそく彼らのYouTubeオフィシャルチャンネルでビデオを観る。

 
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冬とiPhone5Sの到着

  • 2013.11.10 Sunday
  • 08:37
11月も中旬に入り、早朝の気温が氷点下、ということも珍しくなくなった。こうなると、初雪がいつ降ってもおかしくない。11月のボストンは、そうかと思うと、汗ばむほど暖かい、インディアンサマーも日もあり、気温の昇降が激しいので、体調に気を配る必要がある。

そんな中、新しいiPhoneが我が家にもやってきた。夫婦揃っての買い替えだ。私は今までiPhone4、夫は4Sだったので、けっこう久しぶりの機種変更だ。私は5Sのゴールド、夫はおなじく5Sでスペースグレイ。容量は2人とも64GB。私は最近、今までの32GBでは、使うアプリと音楽を全部入れることができなくなっていたので、これでまた余裕が出来た。

今まで、アメリカでiPhoneを買う場合は、基本的に一括払いの購入しかオプションがなかったので、買うときはやはり、ある程度タイミングを考えて買っていた。しかし、今回は、我が家のキャリアで、アメリカでは最初にiPhoneを売り出したAT&Tで、携帯使用料金に上乗せ、という形での分割払いができるようになったのだ。分割だから、当然割高にはなるが、支払いが楽なのは事実。というわけで、じゃあ買い換えようか、と言い出したのは夫だった。

正直、私のiPhone4はさすがに、最近かなり動作が重たくなってきていて、前の二世代のiPhoneをスキップしたものの、もうこれ以上はしんどいかなあ、と思い始めていた矢先だった。

注文したのは10月28日。夫のスペースグレイはすぐ届くだろうけれど、私のゴールドはかなり待たされるだろうなあと覚悟はしていた。注文確認のメールにも、配達予定は夫が11月初旬、私は12月の7日から14日くらい、とあった。

ところが、突然木曜日に二台同時発送完了のメールが届き、土曜日には我が家に届いたのである。ちょっと驚いた。まだたっぷり時間がある、と思ってケースも買っていなかったのに(笑)。

さっそくセットアップして使い始めたが、二世代飛び越えただけあって、使用感が大きく違う。電波も3GからLTEになったし、処理能力も格段に違うのがよくわかる。画面も綺麗だ。そして軽い。軽すぎて、落としてしまいそうな気がするほどだ(笑)。

今までカメラも暗いところでは、電球の下では綺麗に撮れなかったけれど、それもかなり違うのでありがたい。

とりあえず、あわてて透明ケースを注文した。比較的柔らかいものと、固いものを両方一つずつ。

最後におまけ。昨日はとても寒い日で、買い物に行くと木枯らしが吹き荒れていたので、あたたかいスープが食べたくなって、先日作ったCaldo Verdeをもう一度作ってみた。それにガーリックブレッドとクマトのシンプルな夕食。

もう一つおまけ。ミケは洗濯のときに使うカゴがお気に入りだ。マンションでうちのユニットの隣にあるランドリールームに行く時はいつも一緒についていって、空になった洗濯カゴの中に入る。そして夫がそのカゴを抱えてうちの部屋に戻ってくるのである。先日、このカゴにミケのお気に入りの毛布を入れてリビングに置いてやったら、早速この通り。
 
どうやら新しい洗濯カゴを買う必要がありそうだ(笑)。

テレビドラマとクロナッツ

  • 2013.10.19 Saturday
  • 11:36
JUGEMテーマ:アメリカ生活

段々秋らしい気候になってきて、紅葉した木々も見かけるようになった。今週と来週は大学で中間試験をやっていて、学生たちもちょっと緊張気味である。


ニューヨークで話題になった新しいタイプのペイストリー、クロナッツ。クロワッサンとドーナツを足して二で割ったようなオヤツだが、これが最近ボストンでも売られるようになってきた。わが町では、個人経営のベーカリーと、Whole Foodsで売られるようになった。今日試してみようと思って朝でかけてきたら、ベーカリーの方は職人さんがお休みで買えず、Whole Foodsで買って来た。見た目はドーナツっぽいが、ドーナツより生地がサックリしている。かといってクロワッサンほどポロポロでもなく、ほどよい粘りがあって食べやすい。これは真ん中に少しだけカスタードクリームも入っていて、なかなか美味しかった。焼きたての方が圧倒的に美味しいようだ。


さて、先週後半から週末にかけてけっこうひどい風邪をひいてダウンしていたのだが、週明けからまた体調もほぼ普通に戻っている。ダウンしているとき、さすがに四日間眠り続けるわけにもいかなかったので、昼間はテレビを観たりしてソファで横になって過ごした。テレビだと眠くなってもそのまま寝られるし、本より楽だったりする。その時の時間つぶしで観始めたシリーズが、全米三大テレビネットワークの一つ、ABCのOnce Upon A Time(ワンス・アポン・ア・タイム)というドラマである。現在、アメリカではシーズン3を放送中だが、日本で、NHKのBSがシーズン1を9月から放送し始めたとのことで、テレビジャパンで言及されていたので、ちょっと気になった。

Netflixでシーズン1と2が観られるので、ちょっとどんな感じか観てみよう、と思ったらこれが面白くて(笑)、風邪で寝ている間の昼間、四日間ほどかけてシーズン1の22話を全部観てしまったのである。最近は、ケーブルの有料プレミアムチャンネル(HBOやShowtimeなど)のドラマばかり観ていたので、地上波のテレビ局のドラマをしっかり観るのは実に久しぶりである。West Wing(ザ・ホワイトハウス)以来じゃないだろうか。

お話は、メイン州のストーリーブルックという架空の町が舞台である。ボストンに住む28歳のエマ・スワンは赤ん坊の時ハイウェイ沿いに捨てられていて、その後一人で育ってきた。今はBounty Hunterとして働いているが、その彼女の前に、10年前に刑務所で産んで養子に出した息子、ヘンリーが現れる。ヘンリーの住む町、ストーリーブルックにやってきたエマはそこで色々な人々に出会う。ヘンリーは、この町の住民はすべて、御伽噺の登場人物で、自分の養母であり、町長のレジーナ(御伽噺の世界では、白雪姫の継母)の魔法によってこの世へ送られ、記憶を失っているのだと言う。そして、その呪いを解くことができるのが、白雪姫とプリンス・チャーミングの間に生まれ、呪いがかけられる直前に、赤子として魔法の箪笥でこの世に送られたエマ本人なのだ、と。

エマはその話を信じることは出来なかったが、ヘンリーの身を案じてストーリーブルックにとどまることにする。しかし、レジーナはエマを追い出そうと画策。そしてドラマは、呪いがかけられる前の御伽噺の世界(Enchanted Forest - 魔法の森)の物語と、現在のストーリーブルックの物語を並行して語っていくので、視聴者はストーリーブルックの住民がそれぞれ御伽噺の世界では誰なのか、を知ることが出来る。御伽噺の世界もまた、グリム童話やペロー童話など色々なものから素材が取られているが、そのプロットや世界設定には、このドラマ独特の解釈やアレンジが加えられており、どれも一筋縄ではいかない二次創作となっていて、それがまたこのドラマの面白さである。

ここから先はネタバレになるので知りたくない人は要注意。
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「あまちゃん」と「ごちそうさん」

  • 2013.10.02 Wednesday
  • 21:17
大人気の「あまちゃん」が先週で終わった。

私も毎日欠かさず観た。ボストンでの放送(テレビジャパンというNHKの番組が主体の有料チャンネル)では夜の9時45分が最初で、これは日本の一度目の放送からわずか2時間ほど遅れての放送。その後、翌朝の7時半と10時に二回再放送される。朝はニュースが特別延長されたりすると時間がずれることが多いので、夜の分を録画して、朝起きたらすぐ観るパターンが多かった。夜はいわゆるゴールデンタイムなので、夫とレッドソックスを観ていることが多いのだ(笑)。何も面白い番組がないときは、リアルタイムで観ることもあるが、日本語がわからない夫の前で観るのは何となく申し訳ない気がする。まあ、15分なので、時々はそうやって観ていて、夫も内容はわからないけれど、「あまちゃん」のオープニングテーマは大好きだった。

楽しくて、泣かされて、小ネタ満載で、テンポが良くて、大好きな俳優さんや女優さんがたくさん出ていて、音楽も良くて、明るい気持ちになれて、私も「あまちゃん」が大好きだった。

最終回でユイとアキが駆けて行くトンネル。地震のとき、涙声で携帯電話のむこうにいるアキに「もう行けない。アキちゃんが来てよ」とユイがつぶやいたあの場所を、二人は笑いながら、子猫のようにじゃれあいながらその向こうの光へ向かって駆け抜けていく。これよりいい終わり方は本当に考えられない。アキが何度か一人で走ったあの堤防を、(あ、いっそんと走った時もあったか)、最後はユイと二人で走る。笑顔で。

私には、もうそれだけで充分だった。

だから、私はスピンオフも、続編も要らない。あそこで終わりになるからこそ、「あまちゃん」は私の中で大事な大事な、大好きなドラマであり続ける。アキもユイも、袖が浜のやかましい海女さんたち(弥生さん、かつ枝さん、美寿々さん、安部ちゃん)も、観光協会の菅原さんや栗原ちゃんも、北鉄の大吉と吉田君も、ストーブさん、足立先生と奥さんも、勉さんとミズタクも、夏ばっばとじっちゃん、それに猫のカツエも、そして東京で頑張る春子、正宗、太巻、鈴鹿ひろ美、GMTのみんなも(甲斐さんも入れてあげないと可哀そうかな)、あのまま明るい明日へまっすぐに進んでいく終わりだったから、それでいい。このドラマに登場する人がみんな、自分の遠い親戚や知り合いみたいな気持ちになって、いつまでも元気でいてね、と願いながら実家を離れるような、そんな感じの最終回だった。連続テレビ小説の終わり方としてはとても良かったと思う。

最近は売れると続編やスピンオフが作られることが多いけど、多くは「そんなに引き伸ばさなくても良かったんじゃないの」と思うことの方が正直多い。

イギリスのドラマ、Downton Abbeyなどは私にとってはその一例だったりする。シーズン4が現在イギリスで放映中で、年明けにはこちらでも放送される。1と2は夢中になったが、3は正直ちょっとがっかりした。4も観るけれど、今までほどの期待感は正直、ない。

ハリポタは原作がしっかりしており、作者のローリングは最初から、7巻の最後をあの一文で結ぶつもりだった、と話している。最初から7巻の予定だったからこそ、あの物語は生きたものになった。だから、もう彼女はジェームスが若かった頃の話も、ハリーたちが7巻後どうなったかも書かないと思うし、書いて欲しくない。書いて欲しい、という人の気持ちはわからないでもないが、今の私にはそういう気持ちがない。テレビや映画も同じように思うことが多いのだ。

もちろん例外はあるわけで、映画「シュレック」のシリーズはどれも秀逸だったと思うけれど…。

というわけで、今週から始まった「ごちそうさん」も楽しんで観ている。「あまちゃん」とまったく違うのは当たり前。今のところ、好きな俳優さんは吉行和子さんと原田泰三さんくらいだけど、これからいろんな人が出てくるだろうし、美味しそうなものが毎回画面に登場するのも楽しみだ。ストーリーに入り込めるのはもうちょっと後になるかもしれないけれど、テレビジャパンを観られるようになって、今までNHK大阪が作ったもので苦手だったものはないので、これも楽しめると思う。それに、明治・大正・昭和の話って好きなのよね(笑)。

というわけでこれからも朝起きてDVRを開いて「ごちそうさん」を見ながら軽く体操する日々が続くのである。あまちゃんの最後の方は観ながら泣いてしまって体操を中断することが時々あったけど(笑)、「ごちそうさん」はしばらく大丈夫かな?

お葬式と豚の丸焼きと

  • 2013.09.29 Sunday
  • 22:14
金曜日、電話がかかってきた。

9月のはじめに共演した若い男性オペラ歌手からである。彼は私が教えている音楽教室の卒業生で、音大に進み、現在はオペラだけでなく、ミュージカルでも着実にキャリアを重ねている新進気鋭の歌手だ。高校生のときからその才能は明らかで、彼の当時の先生である同僚からよく彼の話は聞いていた。音楽教室のイベントで彼が歌ったときに伴奏したのだが、その時彼の祖母の体調が良くないと聞いていた。

その祖母が亡くなり、土曜日に教会で告別式が行われることになっていたのだが、教会のオルガニスト兼ピアニストが、彼が歌う曲が難しくて伴奏できない、と前日の金曜日になって急に断ってきたのだそうだ。楽譜は火曜日に既に渡してあったとのこと。困りきって、私に電話してきたのだった。前日にいきなりドタキャンするとは、あまりプロらしいとは言えないが、教会でピアノやオルガンをミサのために弾く仕事をしている人の中にはプロの訓練を受けていない人も少なくないので、そういうタイプの人なのだろう。なんにしても、身内を亡くしてただでさえ辛い思いをしている彼にとって、急に伴奏者を探さなければならなくなったことは余計なストレスであり、気の毒だった。役に立てて何よりだと思い、引き受けた。

歌うのは三曲ということで、とりあえずその日、私が音楽教室でレッスンを終えた時間に来てもらってさっとリハーサルをした。

そして土曜日。今までユダヤ教やプロテスタントの告別式には出席したことがあるが、カトリック教会の告別式ははじめてだった。それほど形式に違いはないようだ。

アメリカで何度かこういう場に行き、一番驚いたのは、今のアメリカでは喪服という概念がほとんどなさそうに見えることだ。黒い服を着てくる女性はほとんどいない。私は今回仕事だったので地味な黒い服を着て、アクセサリーなどもほぼなく、控えめにして行ったが、出席していた女性はほとんどが、普通の教会のミサに来るような、普段よりややお洒落な服装で来ていた。男性の多くも普通のスーツか、チノパンにドレスシャツ。遺族の方たちも黒は着ていなかった。

それほど長い式ではなく、1時間弱くらいで終了した。彼の歌も素晴らしく、告別式という状況にもかかわらず、参列者の間から拍手が起こったのもアメリカらしい、と言えるかもしれない。孫の一人である女性の弔辞も明るいものだった。

こちらのお葬式は故人の死を悼むというより、その人生をたたえる、という風情が強い。突然非業の死を遂げた場合だと涙する人も多いが、今回は長生きされた方で、最後は具合が悪かったとは言え、たくさんの子供や孫に囲まれて、安らかに逝かれたとのことで、ご遺族の方たちも天寿を全うしたという気持ちが強かったようだった。

この日の夕方は一変して夫の友人宅のパーティに行った。



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